FAZER LOGIN廊下の音が遠のいた。
紗奈に見えていたのは、指に絡んだネクタイと、自分を見下ろす律の顔だけだった。
黒いシルクを手前に引くと、背の高い律が上体をかがめる。
紗奈はつま先立ちになり、その唇に自分の唇を重ねた。
衝動で始めたことなのに、触れた感触も、止まった息も、思った以上にはっきりしていた。シダーウッドにペパーミントが混じる。
ほんの一瞬、唇をつけて離れるつもりだった。
ところが律は、驚いたように目を開けたまま、紗奈を押し戻さなかった。
指先が震える。ネクタイの結び目だけが、さらに少し傾いた。
廊下の奥から駆け寄ろうとしていた蓮の顔から、血の気が引いた。
「……っ!」
口を開けたまま、2人を見ている。
デビュー以来、一度も越えられなかった壁。音楽界の頂点に立つ宿敵、神宮寺律。
そのネクタイをつかみ、たった今自分を振った女が、キスをしている。
楽屋で露見した裏切りが、想像もしなかった形で返ってきたのだ。
律の目にも、短く戸惑いがよぎった。けれど彼は、すぐに紗奈の表情を確かめた。
紗奈が踵を下ろし、唇を離そうとしたときだった。
律の右手が、腰の後ろを支えた。
バランスを崩して後ずさりかけた体が、彼の胸のすぐ手前で止まる。
「あ……」
紗奈が小さく息を吸うと、律は腰を支えたまま一歩近づいた。急がず、わずかに首を傾ける。
紗奈が顔を背けないことを確かめてから、今度は彼のほうから唇を重ねた。
最初のキスが衝動なら、2度目は、はっきりとした意思のあるキスだった。
長く待っていた人のように慎重なのに、簡単には終わらせてくれそうになかった。
律は紗奈に合わせるように、ゆっくり呼吸を落とした。紗奈の指が彼の襟元を放さないのを確かめて、口づけが少しだけ深くなる。
復讐のために始めたはずなのに、いつの間にか蓮の姿が視界から消えていた。
律の手は腰の後ろにとどまっている。近づいた胸から、違う速さの鼓動が重なって伝わってきた。
紗奈は、ネクタイを放さなければいけないことさえ忘れた。
壁際のスタイリストやほかのグループのメンバーたちが、息をのみ、口元を手で覆った。
「ふざけんな……神宮寺! 人の女に何してんだよ!」
目を血走らせた蓮が、拳を振り上げて突っ込んできた。
だが、律の専属マネージャーと警護スタッフがすぐに割って入り、両腕を押さえた。
「どけ! 放せよ! 紗奈、今すぐ離れろ!」
廊下中に響く怒声にも、律は引かなかった。
マネージャーが周囲に撮影をやめるよう頼んでいたが、すでに何台かのスマートフォンが2人に向いている。
紗奈も気づいていた。それでも、すぐにはネクタイを放せなかった。
律が静かに唇を離した。近い距離で、2人の息が触れる。
紗奈の顔を一度確かめてから、彼は蓮のほうへ顔だけを向けた。
「人の女、なんて呼び方はやめてください」
腰を支えていた手はそのままに、紗奈と蓮の間に立つ。
「別れると言っていましたよね。水瀬さんが誰とつき合うかは、もう一ノ瀬さんが決めることじゃありません」
紗奈は呼吸を整えようとした。けれど、脈はなかなか落ち着かなかった。
蓮を挑発するための、衝動的な行動だったはずだ。
それなのに、律の目をただの演技だとは思えなかった。
マネージャーと警護スタッフに押さえられた蓮を、一度だけ見る。
3年間しがみついていた関係が、どれほどみじめなものだったのか。ようやく、はっきりわかった。
紗奈は律から離れ、非常階段へ向かった。
ドアが閉まる直前、もう一度だけ目が合った。律は何も言わず、こちらを見ていた。
非常階段に入ると、紗奈は冷たい手すりをつかんで息をついた。
復讐は成功した。
なのに、唇に残っているのは律のぬくもりばかりだった。
手の甲で口元を押さえる。自分が何をしたのか、今さら実感が湧いてきて、紗奈はぎゅっと目を閉じた。
* * *
その夜、日付が変わるころ。
芸能界は、騒然となった。
テレビ局の関係者がスマートフォンで撮った鮮明な連続写真が、匿名掲示板とSNSを通じて一気に拡散されたのだ。
【NOVA・神宮寺律、テレビ局の廊下で謎の女性と熱烈キス!】
芸能ニュースもSNSのトレンド上位も、律の名前で埋まった。
記事の写真には、彼のネクタイをつかんでキスをする紗奈の横顔が、くっきり写っていた。
正面からの動画はなかった。それでも、律が腰を支え、もう一度身をかがめるところまで連続写真になっている。
相手が誰かわからないまま終わる余地はなかった。
紗奈が過去に携わったステージも、個人のSNSアカウントも、ものの数分で結びつけられた。
やがて、LUXEエンターテインメント広報部から電話がかかってきた。
直後には、蓮の所属するZENITHエンターテインメントの関係者が「水瀬紗奈による一方的な接近」の可能性に言及したという、記事の通知まで届いた。
キスは終わった。
本当の騒動は、ここからだった。
紗奈はしばらく、画面を消せずにいた。
それから1年余りが過ぎた、12月最後の夜。雪の舞う東京で、音楽界屈指の授賞式〈スターライト・ミュージック・アワード〉が開かれていた。会場のスターライトドーム東京には、数万人の観客が詰めかけている。ドームを揺らすような歓声と、青いペンライトの波が広がっていた。NOVAの5枚目のミニアルバム『BLACK OUT』は、発売直後に国内主要音楽チャートを制し、続いてグローバル・アルバム200チャートでも1位を獲得した。アルバムとステージのクレジット。その先頭には、統括パフォーマンスディレクター、水瀬紗奈の名前があった。紗奈は、1年にわたる調停と訴訟を経て、蓮に奪われていた創作報酬や不当な利益、計4,800万円を取り戻した。その後、国内外のアーティストから依頼を受けるトップディレクターとなり、独立のディレクションレーベル〈LUMEN〉を立ち上げた。初年度の仕事の一覧には、NOVAだけでなく、新人ガールズグループやソロシンガーの名前も並んでいた。紗奈が契約書で真っ先に確認するのは、創作者のクレジットと、二次使用の条件だった。莉々花は公の場で謝罪し、活動を控える期間を経て、再びステージに立った。紗奈へ、もう言い訳を送ってくることはなかった。LUMENのオフィスの壁には、紗奈が初めて正式なクレジットを得た『BLACK OUT』のアルバムが飾られている。その下のキャビネットには、所属する振付師の名前と収益の取り分を明記した契約書のコピーが、整然と並んでいた。一方の蓮は、広告主や元の所属事務所との、6億円規模の損害賠償をめぐる争いに追われていた。無断でのアカウントアクセスや名誉毀損など、一部の行為について第一審で有罪判決を受け、テレビの世界からも姿を消した。「今年のアーティスト大賞は……NOVAです!」司会の発表とともに、祝砲が響き、金色の紙吹雪が降り注いだ。黒いベルベットのタキシードを着た律と、メンバーたちがステージの中央へ出てくる。トロフィーを受け取った律が、マイクの前に立った。いつもは淡々としている口元に、明るい笑顔が広がった。「ファンの皆さん、そしてメンバーに、心から感謝しています」ひと息置いて、メインカメラをまっすぐに見る。「そして今夜、この場で、どうしても伝えたい人がいます」会場の視線と、生中継のカメラが律に集まった。その声
新作の準備と法的な対応に追われているうちに、1か月はあっという間に過ぎた。紗奈が総括を務めたNOVAの5枚目のミニアルバム。そのリード曲『BLACK OUT』は最終データの納品も済み、あとはリリース当日を待つだけになっていた。ティザーは公開直後、世界のSNSトレンド1位に上がった。振付の独創性と、鋭く張り詰めた空気が話題になっている。国内外の批評家からは「NOVAの強みを最も鮮やかに引き出したパフォーマンス」と期待が寄せられた。紗奈の名前が単独で記されたアルバムクレジットにも、大きな注目が集まっていた。そして、律と約束した、1か月限りの契約恋愛の最後の日が来た。月曜日、午後11時。代官山のペントハウスの書斎。窓の向こうに東京の明かりが広がる中、紗奈はバッグから1か月前の契約書を出し、そっとテーブルに置いた。〈NOVA・神宮寺律/パフォーマンスディレクター・水瀬紗奈 相互協力および1か月限定の公表交際に関する契約書〉前へ滑らせても、手を離せなかった。本社のロビーで、先に手を差し出してくれたこと。夜通し、元のファイルを照合したこと。どの資料でも、まず紗奈の名前があるか確かめてくれたこと。1つずつ、思い出した。契約で始まった。それでも、この1か月を偽物と呼ぶには、一緒に過ごした時間が、あまりにはっきり残っていた。けれど、契約は契約だった。律は驚くほど真面目に、ルールを守ってくれた。手をつなぐ前には、目で尋ねるか、言葉で確認した。紗奈が証拠の整理中に眠ってしまえば、毛布だけをかけて、距離を置いた。その抑えた優しさに、かえって気持ちを揺さぶられた。だからこそ、まぶしいほどの彼のキャリアの重荷にならないように、約束どおり引くべきなのだと思った。シャワーを終え、黒いシルクのガウンを羽織った律が、カモミールティーを2杯持って書斎へ入ってきた。濡れた髪から、水滴が1つ落ちる。律が向かいに座ると、紗奈は声を落ち着かせて口を開いた。「律さん。約束した1か月、今日で終わりです」契約書を、もう少し前へ押し出す。「契約は、今日で終わらせないと。明日の午前9時に、破局の発表を出す方向で広報の方と話しました。今まで……本当に、ありがとうございました」平気なふりをして笑った。「それが、紗奈さんの望む結論ですか」すぐには答えられなかった。「
資料が公開されてから、10日後。初秋の激しい雨が、東京の街を濡らしていた。仕事も住まいも失い、芸能ニュースの笑いものになった蓮は、傘も差さず、青山通りを歩いていた。一部の口座には裁判所の仮差押えが入り、活動停止と同時に、事務所が用意した住居からも退去を求められた。多くのファンに背を向けられ、同業者も知人も、次々に連絡を拒んだ。ステージメイクも、警護するスタッフもない顔は、わずか数日で目に見えてやつれていた。帽子を深くかぶっていても、気づいた通行人がスマートフォンを向ける。蓮は顔を隠し、足を速めた。「紗奈……紗奈に会わなきゃ。あいつが許してくれれば……もう一度、俺の振付を作ってくれれば、全部戻せる」現実を認めないまま、LUXE本社の正面にある花壇の陰へ身を潜めた。紗奈が一度だけ話を聞いてくれれば、元に戻れる。まだ、そう信じていた。午後6時。回転扉が開き、黒い傘を持った警護スタッフと、紗奈がロビーから出てきた。ベージュのトレンチコートに、革のブリーフケース。中には、NOVAのリード曲の最終振付データが入っていた。エントランスの大型モニターでは、承認されたばかりの『BLACK OUT』のティザーが繰り返し流れている。「紗奈……!」雨にずぶ濡れになった蓮が、名を叫びながら暗がりから飛び出した。警護スタッフが、即座に立ちはだかった。紗奈は、その後ろで距離を保って足を止めた。「近づけないでください。会話は、ここから録音します」スマートフォンを取り出すと、警護責任者がうなずいた。今度は、蓮の作った状況に引きずられない。終わらせる方法も、距離も、自分で決めた。蓮は、警護スタッフの前に膝をついた。雨に打たれながら、泣き叫ぶ。「紗奈! 俺を作ったのはお前だろ! 3年間、全部の振付を作って、トップスターにしたのはお前じゃないか! だったら最後まで責任取れよ! なんで俺を、こんなどん底に突き落とせるんだよ!」まだ、自分の裏切りも搾取も見ようとしない。紗奈が自分を救うべきだと、言い張っていた。紗奈は傘の下から、膝をついた蓮を冷たく見た。もう、怒りも恨みも残っていなかった。もう一度説得したいとも、わかってほしいとも思わない。「蓮」雨音の間に、声がはっきり響いた。「私が作ったのは、あんたのステージだよ。人生でも、選択でもない。
火曜日、午前9時ちょうど。大手ニュースサイトとテレビ局の芸能ニュースに、水瀬紗奈と一ノ瀬蓮の名前が同時に並んだ。【公式 水瀬紗奈ディレクター、一ノ瀬蓮とZENITHに未払い創作報酬など4,800万円を請求へ。刑事告訴も】【独占 「3年間、振付を奪われた」水瀬紗奈、原本の作成記録とリハーサル映像を公開】【暴言の録音を公開 一ノ瀬蓮「俺のひと言で、この業界にいられなくなる」】【白石莉々花が証言 「複数の女性との交際も、中傷工作の指示も、事実です」】LUXE法務部が約150の報道機関に配信した、40ページの事実確認資料は、たちまち主要記事で大きく取り上げられた。そこには、紗奈がこの3年で作った振付プロジェクトの初回作成時刻、モーションキャプチャーの記録、そして4,800万円の創作報酬などが支払われず、不当に処理されていた精算の詳細が載っていた。仕事の依頼が届くメールアカウントへの無断アクセスと、メールの隠蔽・削除の疑いを示すデジタル解析の資料も、合わせて公開された。資料が出ると、蓮への批判は急速に強まった。〈人の人生と才能を、4年も丸ごと盗んでたってこと?〉〈水瀬さん、3年間ただ働き同然で搾取されてたんじゃん。ひどすぎる〉〈スタッフへの暴言に中傷工作まで。もう芸能界に戻ってこないでほしい〉〈神宮寺律が4年も片思いして、守ろうとした理由、今ならわかる〉芸能ニュースや動画サイトには、蓮の過去の発言を掘り起こした映像が次々に上がった。「僕のダンスは、僕の魂から生まれるんです」得意げに語ったインタビューは、今や嘲笑の的だった。レコード会社と放送局は、事実確認が終わるまで、蓮を振付の創作者とする表記を保留し、紗奈から権利に関する異議が出ていることをクレジット情報に併記すると発表した。一部のステージ映像の説明欄には、提出された資料をもとに、先に〈振付原案 水瀬紗奈〉が追加された。権利の全面的な訂正手続きは、まだ残っている。それでも、紗奈の名前はもう、消されたままではなかった。LUXEの会議室で画面を見ていた紗奈は、記事のコメントより先に、公開資料の状態を確認した。ほかの被害者の名前は隠れているか。添付ファイルのハッシュ値は報告書と一致しているか。最後まで、目を通した。律が「おめでとうございます」と声をかけたが、紗奈は首を振った。「ま
月曜日、午前10時。南青山のLUXE本社、18階のVIP応接室。厚いブラインドを下ろした室内で、紗奈と律は、莉々花と向かい合って座っていた。キャップを目深にかぶった莉々花の目元は、一晩泣いたせいか、赤く腫れていた。「水瀬さん……本当に、申し訳ありませんでした」莉々花は頭を下げ、外付けドライブと厚いファイルを、そっとテーブルに置いた。「蓮くんが私に言っていたことと、紗奈さんを男目当ての売名女に仕立てるために、事務所の広報と相談していた〈Secret Talk〉のやりとりです。全部入っています」紗奈は、すぐにはドライブに触れなかった。「あの日、楽屋であったことまで、なくなるわけではありません」莉々花の顔を見て、続ける。「証拠を渡す代わりに、記事から自分を外してほしい。そういう条件なら受けられません。事実は話してほしい。でも、あなたの選択には、あなたが責任を持ってください」莉々花はしばらく答えられずにいた。やがて、うなずいた。「わかっています。だから、もう隠すのをやめようと思いました」膝の上の手を握り直した。「見返りは求めません。私のしたことも含めて、話します」用意してきた自筆の経緯書も差し出した。日付、場所、蓮のほうから連絡してきた経緯が、時系列で並んでいる。法務部が手配したデジタル解析の担当者は、書き込みを防ぐ装置を通して元のドライブを接続し、まず複製を作った。確認を終えたファイルが、順にモニターへ開かれた。蓮が新人グループのメンバー3、4人と同時につき合っていたことを示すメッセージ画面と、私的な写真。舞台裏でダンサーやスタイリストに「お前なんか、俺のひと言でこの業界にいられなくなるんだよ」と暴言を浴びせた録音、12件。さらに、紗奈を〈神宮寺律に乗り換えた売名女〉と印象づけるため、ゴシップ媒体の関係者へ数百万円を渡した口座取引の記録まであった。「蓮くんは、誰にも誠実じゃないんです。私も、利用されて捨てられました」莉々花は両手を膝にそろえ、続けた。「あの人が何をしたのか明らかにするためなら、証言も証拠も使ってください。必要なら、取材も受けます。法廷でも話します」紗奈は黙ってうなずいた。莉々花が退出したあと、法務部と外部の弁護士たちが応接室へ入ってきた。紗奈と律も加わり、ここ数日で集めた資料に、証拠番号と説明をつけてい
蓮は、地下駐車場の床から立ち上がれずにいた。それでも紗奈は、迷わずエレベーターに乗った。閉じたドアの向こうで、絶望したような声が途切れる。部屋に入ると、玄関の鍵を2つともかけ、バッグを下ろした。窓から外を見ると、駐車場から追い出された蓮が、エントランスの前の街灯の下に座り込み、ぼんやり上を見上げていた。夜の霞の中でふらつく姿は、華やかな照明を浴びていたトップスターとは、かけ離れていた。3年間の想いと献身を踏みにじった男が、今は中身のない自分の看板を守ろうと、あがいている。再び、インターホンがけたたましく鳴った。通話ボタンを押すと、割れたようにかすれた声が流れてきた。「紗奈……頼む。莉々花とは今すぐ完全に切る! 事務所に言って、お前との交際を公表するし、1年以内に結婚するって発表する! 全部元に戻すから、もう一度やり直そう!」紗奈は冷たく笑った。結婚という言葉すら、自分の転落を止める盾にするのか。3年間、あれほど聞きたかった言葉だった。それを今、崖っぷちに立ってから、取引のカードとして差し出してくる。紗奈は笑うのをやめ、モニターをまっすぐに見た。「蓮」声は、インターホン越しでもはっきり届いた。「私が好きだった一ノ瀬蓮は、もういない。今目の前にいるのは、沈みかけて手当たり次第にすがりついてる、自分勝手な嘘つきだけ」「紗奈……! お前がいなきゃ、本当に終わるんだよ! 1回だけ、俺の人生を助けてくれ! お前の言うとおり、何でもするから!」「警察に来てもらってる。まだ居座るなら、今日の映像も渡して、全部説明するから」紗奈は通話終了を押し、スピーカーを切った。しばらくして、警備員と駆けつけた警察官が蓮の身元を確認し、敷地の外へ連れ出した。紗奈は、蓮が近づいてきた場面の映る駐車場の防犯カメラ映像も、保存を依頼した。追い出された蓮は、怒りと恐怖の混じった顔で、西麻布の会員制バーへ向かった。* * *午前1時。奥まったVIPルームのドアが開き、酒瓶を持った蓮がふらつきながら入ってきた。部屋には、連絡を受けてやってきた莉々花が、不安そうな顔で座っていた。近づきながら、心配そうに声をかける。「蓮くん、大丈夫? 昼間のステージの反応で、事務所が大変なことになってるって……」蓮はその顔を見るなり、注いだばかりのウイスキーグラスを、







